プロフィール

初めまして。森もえこです。

ごく普通の新卒大手企業の会社員が、副業で月収以上に稼ぎ、
独立して、
マレーシアで起業した話をしようと思います。

26歳。神奈川県出身。
新卒2年5か月で会社を退職、独立・起業。現在はマレーシア現地IT会社にて、webマーケティングのスキルを身につけ、コンテンツ販売のプロモーション事業を主に行っています。

現在の仕事は
・マレーシアでのIT会社にてプロモーション
・女性起業専門スクール運営
・マレーシア人採用
・インドネシア観光ビジネス
・ミャンマー人材育成プロジェクト参加

として、活動をしています。

今まで、こうやってメディアに自分のことを書いたり、
自分のことを話したりすることは一切ありませんでした。

前に出て自分のことを話すことも全然好きでもなんでもありません。

でも、会社員時代こっそりやっていた副業や泣く泣くやってた(笑)起業の経験が誰かしらの役に立てればと思ったので、

ここに書かせていただいています。

 

ごくごく、普通だった会社員がなぜ海外フリーランスになり、今にいたったのか?

誰かの背中を押せたら嬉しいです^^

鬱になるほど内向的だった私の生い立ち

◆ごくごく普通の生い立ち。

山口県山口市生まれ。
幼稚園まで神奈川県川崎市で育って、
小学生から小田原にお引越し、
会社員の父、パートの母、3歳下の弟

どこかドラマに出てきそうなくらい平凡な家族でした。

でも自分でも嫌になるほど、人見知りで、内向的。
一番怖いことは、失敗することと嫌われること

だから、いつも失敗を恐れて、
誰よりも試験勉強も、習い事も頑張ってきた。

誰よりも才能がなくて、容姿も

コンプレックス

集団行動はできなくて、自分勝手に1人行動がとにかく多く(←今もそう・・・)、全体主義(みんな一緒でみんないい)みたいなうたい文句が大嫌いでした。

◆女子大へ進学、思った以上にみんな自由人すぎ

女子だけの環境って、
◆ねちねちして、
◆嫉妬深くて、
◆お局がいて
みたいなイメージありませんか?

運よく、私の周りにはそういう人たちはいなくて、
むしろ、みんなサバサバ。

女性特有の”グループ”みたいなのは存在しなくて、

女子だけの環境で、好きな仲間と、好きな研究をしまくる生活がスタートし始めました。

そんなある時に出会ったのが、
海外旅行してみたい!」という一人の友人の言葉。

この友人の一言で、人生変わりました。

人生を変えた20歳のインドの旅

私の生活は本当に普通だったと思います。

特に得意なことも、熱中していることも今まで何一つなく、それなりに、うまく生きてきていました。

そんな生活を変えたのが、友人の一言で始まった、

インドの旅

20歳で世界の事なんか何一つわからず、ただの世間知らずでインドに渡航後、7日間の旅を経て、飛行機で号泣しながら帰国したのが、私の人生の初めての転機。

関連記事:たった1度の旅が人生を狂わせた・・・!

初めてインドに行ったときから、貧困層が稼ぐ仕組みを作りたいと思っていました。

それは、

「日本人は夢の夢の夢だ、日本人のように働きたい」

という同年代の学生の言葉がきっかけです。

インドの日本語学校、介護施設で働いたのですが、インドの人にとって、良い職につけるのって簡単ではありません。

きつい職場の現実、理想すら描くのを諦めて行く姿をみてきたので、

この子達に夢を諦めて欲しくない、ちゃんと稼ぐ力をつけてほしい

という思いが強かったです。

この旅をきっかけに、長期休みにアジアに旅行に出るような大学生活になり、

「途上国の豊かさを作る!」を軸に就職活動を始めました。

ですが、現状、臆病だった私は、アジアで働きたいと思いつつも、日本の大手企業で働くことを選択しました。

関連記事:山口絵理子さんから学んだビジネスで大事な事

目の前のことに、とにかく集中&没頭した社会人1年目

途上国の豊かさを作る!」というミッションのもと、大手企業の総合職社員として入社しました。

そこそこ、仕事は楽しくやりがいもありました。

しかし、女性社員1人、慣れない環境での孤軍奮闘は思った以上に厳しく、中々結果を残せず毎日怒られる日々も続きました。

何度も出勤前の通勤路でお腹が痛くなる・・・・(笑)

言われこともできず、周囲とのコミュニケーションもうまく取れない、相当な問題児だったと思います。

それでも、目の前の仕事に没頭して、休んでいいいよ!と言われるものの、寝る時間以外は全て仕事をするようになっていました。

毎日PDCAサイクルの繰り返し。

地道に、地道に、コツコツと仕事に取り組んでいたら、2年連続で社長賞も頂くことができたのです。

関連記事:病むほど仕事が嫌だった私が2年連続で社長賞をとれたたった一つの理由

社会人2年目冬に月収100万越え、でも未来に絶望した

コツコツ取り組んだ仕事への姿勢が評価されたのか、私は社会人2年目にして、気づいたら月収100万円を超えていました。

でも、同時に絶望もしていました。

月収が100万円頂いていた時の私の生活は・・・
7時に出勤して、帰宅は日付回って26時、朝・夜はコンビニ弁当、昼は自販機の冷たいおにぎり。

趣味なし、彼氏なし、特技なし

あと40年間この生活が続くのか?

と思うと絶望しかありませんでした。

日本で働くことは夢の夢の夢だ

と言ってくれたインド人学生にこの私の状況が憧れであるはずがない。

仕事自体は楽しい。担当していた事業も軌道にのっていました。

でも、どうしても

自分の未来にワクワクすることがありませんでした
途上国で出会った多くの女性、物質的な不自由がありながらも強く、強く生きる女性

急に、今の自分が恥ずかしくなった瞬間でした。

人生を変えたい。行動だけが人生を変える

2016年12月、そんな絶望した生活に終止符を打ちたい。

もっとワクワクした人生を送りたい。

途上国の豊かな生活を作るために人生を使いたい。

早く途上国で働きたい、

早くアジアで働きたい、

アジアに価値を残せる人間になりたい。

そういう思いが爆発した瞬間がありました。人生を変えようと、仕事以外での自分の居場所を探して、自己啓発本を読み漁る生活がスタートしました。

本田健さんの本に書いてあった、
「人生を変えるためにやること」
服装を変える
環境を変える
付き合う人を変える
仕事を変える
⑤パートナーを変える

これら全て約半年間で行ってきました。

朝から晩まで本業と副業をして、好きな仕事をするために、がむしゃらでした。

当時通っていた起業塾の課題も誰よりも取り組みました。そうしたら、本当に人生が動きました。

やればやるほど、お客さんも集まり、
認知も上がって行きました。

いつもだったら、モヤモヤとしている間に、
朝会を主催してみたり、起業を学んだり、先輩起業家さんに会いに行ったり、ワードプレスを立ち上げてみたり、
色んな事に手を出しました。

そして、当時行きついたのは、
女性起業家対象のワードプレス制作でした。

24歳普通の会社員からフリーランスへ

私は、新卒で入社した会社を2年5カ月で退職し、ワードプレスコンサルタントとして独立しました。

現在25歳、スキルなし、コネなし、リスクあり!

誰もが無謀だと思える決断だったと思います。

でも、どうしても叶えたい未来と、実現させたい世界がありました。

それを我慢して40年間過ごす人生を辞めたかったんです。

関連記事:会社を辞めたい、その衝動を行動へ

会社を辞めると決めてから、月の残業時間を40時間以下にして、モヤモヤしていた人間関係、不要なモノ、固定観念すべての断捨離を始めました。

関連記事:24歳会社員がミニマリストを目指して気づいたこと

私は、ダブルワークで副業から取り掛かって、自分で収入を得ていくようになって、自分の人生に圧倒的に自信を持つことができました。

起業当初は月収10万円以下・・・憧れたフリーランスなのに朝起きるのがいやでした。

副業をして、独立もして、憧れていた自由を得たフリーランスになったものの、月収は10万円にも満たない月もありました。横浜在住でしたが、まともな暮らしもできないくらいです。

全く何していいかわからなくなりました。

「私はただアジアで働きたいだけ」

「アジアに貢献できる価値を残したいだけ」。

 

副業をして、順調に月収を超えて

「会社員卒業おめでとう!」

と喜ばれることも多かったです。

憧れて憧れての独立だったのに、朝起きて1日が始まるのが本気でいやでした。

早く人生終わりたい、早く老後になりたい、本気でそう思ってました。

マレーシア移住へのチケット

フリーランス生活に絶望をしていたとき、私はある人のfacebookの投稿に出会いました。その投稿には

「マレーシア移住可能」

全く専門外の「メディア構築のプロ」の募集内容でしたが、応募してみました。スタバでオンライン面接を済まし、運良く採用していただき、マレーシアに移住しました。

そして、マレーシアでは
webマーケティング、ローンチ、オウンドメディア構築、ASP管理、セミナー開催、サブスクリプション、カスタマーサクセスマネジャーなど、多岐にわたる業務を担当させていただいています。

月収100万円から8万円へ

念願のアジア移住、マレーシアライフをもっと楽しんでいるものだと思いました。笑

しかし、マレーシアでの仕事は予想以上にハードで、朝8時に出社し夜は12時までオフィスで仕事。日本の会社員時代とあまり変わりませんでした。

当時の生活はこちらの記事から

ハードワークで仕事に没頭はしていたものの、月給も8万円で、将来の不安はもっと増えていた頃です。不安で不安でしょうがなかったのを覚えています。

また不安に襲われる日々。

そして私にはスイッチが入りました。

「不安だから稼ぐんや!今不安なら、価値提供を精一杯やっていきなさい」

と言われたんです。

私なりの”価値提供”を考えてみました。

・無償奉仕
・無料でコンテンツ提供
・コミュニティーメンバーへの悩み事解決

などなど、人を喜ばせる何かに取り組みました。幸い、月給は8万円でマレーシアでの生活はできていたので笑、利益度外視で人への価値提供を行なっていきました。

・ブログの転機
・ホームページの作成
・LINE@の取得
・PCの初期設定
・書籍のレバメモ
・購入したオンライン教材の無償提供
・無料の勉強会
・LPの作成
・ライティング
・カスタマーサービス

とにかく全て無料で引き受け、価値提供をしていきました。

利益は求めていませんでしたが、誰かに喜んでいただけるのが本気で喜びでした。そして、このご縁から、インドネシアでのカーチャーターサービス立ち上げや、ミャンマーでの途上国で英語圏からアドセンス収入を稼ぐプロジェクト立ち上げのきっかけをいただき、今はインドネシア・ミャンマー・マレーシアと3カ国での生活が当たり前になりました。

無償奉仕だったはずの上の活動も、今では収益をしっかり産んでくれています。
価値提供をしていった結果、”ビジネス”として成立するようになったのです。

最近のミャンマーでの活動はこちら

今こうして念願だったアジアで働けているのは、

2016年12月のクリスマスの次の日に

「もう会社員やめよう」

「1年以内に独立しよう」

と決めてくれた自分がいるからです。

必死に、必死に、今を抜け出したくて走り回っていた社会人1年目と2年目。ほとんど遊んだことなかったです。

最初にもお伝えしたように、毎日が必死でした。そして、毎日、どうやったら抜け出せるのか、1Kの小さなレオパレスの一室で考えてました。だから、この決断ができたんだって思っています。

必死でやった分、本気の決断ができます。本気の決断ができたから、自分でお金を稼ぐこともできるようになります。

今は、マレーシアでインターネットビジネスをしつつ、
マレーシアのIT人材採用、マーケティング、インドネシアの観光事業、ミャンマーのIT人材育成などを行っています。

2019年3月からは、ビジョンに共感してくれた大学生のみくちゃんもスタッフとしてジョインしてくれました泣!嬉しい!!

価値提供をすることを前提に、ビジネスの力を身につければ、こうやって念願だった海外移住も海外で働くことも、できます。

ビジネスの力を身につけることが、自分自身の生活を豊かなものにして、途上国の雇用を作りたいという思いも実現することができるんだと実感しています。

このWEBサイトは普通の会社員が独立してマレーシアで起業している今をありのまま書いているので、
ビジネスをしよう!

と言っているように思えるかもしれないです。

でも、私は会社員の人生でも、起業する人生でもどちらでも良いと思います。ここからは私の考えでしかないですが、私がビジネスをずっとしていたいと思うのは、

どこかで誰かに価値を残せるからです。

私は、途上国で出会った方たちがみんな自由に理想を思い描いて、夢を叶えて欲しいと考えています。

インターネットとマーケティングはそれを可能にする最高のツールであり、

途上国の子たちが稼げる仕組みを作れるツール
アジアの人に役に立つ価値となるツール

と思っています。

もし、あなたが、ビジネスをして自分で価値を残せるようになったら、
それは、
あなたの大事な人を幸せにする能力がある、ということにもなります。

自分が好きなことをするための起業とも思われがちですが、その「好きなこと」は実は「誰かを幸せにしたい」という思いがあると思うのです。

ビジネスをして価値を残すということは、
自分自身が好きな仕事をしていくだけではなくて、
同時に、あなたが幸せにしたい人の役に立つこともできはずです。

私はそんなビジネスがしたいと思って起業しました。アジアの人に喜ばれながら、感謝されながら生きることができたらとてもとても嬉しい。

誰かの幸せの価値を残しながら、
誰かに喜ばれながら
ビジネスをしていくことで、

結果、自分が1番満たされるようになると思っています。

無謀なチャレンジだったとしても、
「きっとうまくいく」「All is well」

と考えて一歩を踏み出してみませんか?

私は今から、「途上国の豊かさを作る」という理念をもとに、起業スクール、観光ビジネス、マレーシアIT人材採用、ミャンマーIT人材育成を行っています。

もしこのWEBサイトが一人でも多くの人に勇気を出させるツールであったら嬉しいです。

本ブログコンセプトも書きました。

こちらをご覧ください。