毎日終電を逃して帰っていたあの頃は忘れない。

会社員生活ラスト1か月。

2年4か月前、私は大手企業の総合職として入社して、横浜に配属され、
ピッカピカの1年生として入社した。

同期にも負け、上司にはポンコツと呼ばれ、
職場に行くことに毎日ハラハラ。

だんだんと、成果を出したい、結果を残したい、1番でないと嫌だ!

という自我も芽生え・・・

誰よりも量をこなして、
PDCAサイクルの回転を速くさせるために
家でも仕事を持ち帰るし、終電ギリギリまで仕事。

その結果、社内では社長賞も頂いて、
ある月は月収が100万円になったこともありました。

それでも、豊かになれない私の生活

満足できない私の生活

100万円のお給料を頂いても、
毎日コンビニのお弁当か自販機で売っている冷たいおにぎり。
髪もボサボサ、身なりはテキトウ

本当に惨めだった。

誰もができるような仕事をこなし続け、
やってもやっても大雨のように降ってくる仕事の数々。

そして終電を逃して、深夜1時に約5キロ歩いて帰っていたあの帰路。

きっと一生忘れないと思う。

どんなに働いても報われなかった私の生活。

2017年1月私は未来への投資を人生で初めてスタートした。

起業塾に行き、

本を読み漁り、

仕事終わりの飲み会の時間を全て自分時間にあてるようになった。

旅先で次元の違う人たちに会いに行った。

それでもたまに5キロの道を歩いて帰ることがあるので、
惨めな気持ちなりそうなのを抑えて、
必死で未来の明るい自分を想像した。

ブログの発信を始めて、
23時までスターバックスコーヒーにこもってブログを書いた。

平日は出勤前と仕事が終わってから、
休日も混む前に入店して、遅くまでこもっていた。

コーヒー1杯で終日過ごしていたのだから、
迷惑な客であったと思う。

それでも、叶えたい未来があった。
見てみたい景色があった。
私にしかできないかもしれない仕事があった。

そんな一心で狂ったかのようにスタバでPCに向かい続けてました。

この生活を続けて約半年、会社に退職を告げ、
1か月後に会社を去ることにした。

まだまだ、年収1000万、3000万円の次元ではない。
生活もできるか不安もあった。

それでも叶えたい未来を捨てることはできなかったし、
貯金がたまるのも、退職金が出るのも

待てなかった。

 

終電を逃して惨めになりながら眺めていたみなとみらいの夜景と

今見ているみなとみらいの夜景は別物に見える。

起業を諦めそうになったら、
あの時惨めな気持ちで歩いていた鼓動と五感を思い出そう。

この景色を見にこよう。

新入社員の頃からもがきながら見てきたこの景色。

たった一つの風景でしかないけども、

私にとってはたった一つの忘れられない場所。

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